ピアノを弾く聖者

夜、いつものように夕食を済ませネットサーフをしていると昼間にこのホステルにやってきた羽賀研二似のカナダ人のダレルが映画から帰ってきた。
 彼は陽気に話しかけてくる。僕が片言しか英語が話せないのを知って、より分かりやすい言葉を選んで話をしてくる。どうやら、カナダのネイティブの(先住民の)血を引いているらしく、白人というよりも髪は黒に近くエキゾチックな顔立ちだ。しかも、驚いたのがピアノ。
 此のホステルにはピアノが置いてあるのだが誰も弾いているところを見たことがなかった。
 しかし、昼間、彼は見事な演奏を何かにとり憑かれたように奏でていた。話を聞いていると仕事はどうやら法律事務所に行っているみたいなことを言っていたので弁護士?か、そんなインテリの臭いのするイケメンだ。
 此の夜、彼との話の中で、彼が夢の話をしてきた。「日本に行って、刀を2本買う夢をみた」と。ここまではへー、と思って聞いていた。どこで買うの?と聞くと、それは未だ分からないという。そこで、僕の住んでいる町は日本刀の産地だと言う事を教えると、彼は生き生きとして、街の名を教えてくれと言う。SEKI Cityだよと言うと、紙を取り出しスペルをと言う。
 書く僕。
その後妙な話をし始めた。
 「夢の中で聖なる創造者が僕に未来を見せるんだ」と彼は言う。「昔、夢を見た。壊れた都市の中を僕と、甥、そして2人の白人が歩いていた。甥と2人の白人が途中にある壊れたビルを登って行く。僕は僕のペースでゆっくりと登って行く。先に上りきる甥。僕が頂上に着くときに甥は僕に手を差し伸べようとする。僕は自分で上がれるから大丈夫だよと言う。甥は、手を出した弾みにバランスを崩しビルから転落し、体の半分がダメになってしまう。と言う夢をみた。」とその9ヵ月後甥は実際に交通事故で体半分大怪我をしたとの事。
 良くある話のような感じだったが、彼の目が真剣そのもの。
僕が夢を見るんじゃなく、聖なる創造者が見せるんだ。
 
 2本の刀を僕は此の手に持つ夢を見た。ひとつは特別な形の刀。もうひとつは伝統的な形。その2つを手に入れ僕は悪と戦い倒すんだ。と真剣に話す。君に出会えて光栄に思うよ。刀の町からやってきた君と出会えたんだからね。と。
 彼の話に鳥肌がなぜか立った。
彼が続ける。僕の人生は益々楽しくなってきているんだ。と。
なぜ?と聞く僕。
 小さい頃逆にとても辛い人生だったからね。おじさんから虐待を受けていたんだ。精神的にも、肉体的にも。と言う。とても辛かった。と。それがあったからどんどん幸せになっているんだと。
 
 話がひと段落するとピアノに向かうダレル。
昼間と同じように何の曲か分からないが静かに弾き始める。
演奏は、延々と続く。コンサート会場に居るかのように静かだがそれでいて力強い音の響きが耳に伝わる。
聞いているのは僕1人。
彼の方を見遣ると、目を閉じて悦に入って弾き続けている。
長い長い演奏。こんなに長い曲って?と思って聞いていた。
ピアノは指で弾くのではなく心で弾くものだ。とどこかで聞いたことがある。彼の人生が今語られているのだ。

どれぐらい経っただろうか?20分?30分?
演奏が終わるのが分かった。
終わって、言う、此の部屋寒くない?
うん少し寒いねと僕。
上着を取ってきた後、目の前のソファーに腰掛けて目を閉じずっと黙っている。
管理人のスーは今日は出かけて居ない。他のお客は何人居るのか?1人は部屋に居るみたいだ。
静かな夜。

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